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巻号第24
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第二次大戦回顧録 第24

第二次大戦回顧録 第24

著者
ウインストン・チャーチル 著, 毎日新聞翻訳委員会 訳
原本の出版者
毎日新聞社
原本の出版年月日
1955
製作者
国立国会図書館

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資料詳細

内容細目:

第24 勝利と悲劇 第4. 付録:チャーチル「第二次大戦回顧録」邦訳全巻目次(提供元: 国立国会図書館デジタルコレクション)

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書誌情報

資料種別
図書
タイトル
第二次大戦回顧録
タイトルよみ
ダイ 2ジ タイセン カイコロク
巻次・部編番号
第24
出版年月日等
1955
出版年(W3CDTF)
1955
数量
24冊 ; 19cm
出版地(国名コード)
JP
本文の言語コード
jpn
件名標目
世界戦争 (1939-1945)
対象利用者
一般
国立国会図書館永続的識別子
info:ndljp/pid/3002416
コレクション(共通)
障害者向け資料
コレクション(障害者向け資料:レベル1)
コレクション(障害者向け資料:レベル2)
コレクション(個別)
国立国会図書館デジタルコレクション > デジタル化資料 > 図書
製作年(W3CDTF)
2011-03-31
受理日(W3CDTF)
2011-11-10T11:17:35+09:00
記録形式(IMT)
image/jp2
デジタル化資料送信
図書館・個人送信対象外
請求記号
230.8-cC56d-M
原資料(JPNO)
61007498
連携機関・データベース
国立国会図書館 : 国立国会図書館デジタルコレクション

目次

  • 目次

  • 勝利と悲劇(4)

  • 第二編 鉄のカーテン(2)

  • 第十二章 イタリアにおけるアレキサンダーの勝利

    p5

  • わが攻勢、春まで延期―連合軍空軍の攻撃―ヒトラー、撤退を禁ず―ドイツ陣営の弱体―四月二十一日、ポロナ陥つ―連合軍、ポー川を越えて追撃―海軍関係―新ドイツの平和提議―四月二十九日、イタリアにおける無条件降服―ムッソリーニ殺さる―全関係方面に勝利の祝辞を送る―見事な戦線の終幕

  • 第十三章 ドイツの降服

    p20

  • 四月二十二日、ヒトラー、ベルリンにて最後の抵抗を決意―四月二十九日ヒトラー地下室において自殺―ヒムラーの講和提議―四月二十五日トルーマン大統領と私との電話―スターリンからの親書―ヒムラーの死―五月四日、ドイツ軍モントゴメリー元帥へ降服―五月七日、全戦線降服文書がライムスにて調印さる―ドイツ空軍の終末―ゲーリング、チロル山中で捕虜となる―Uボート投降―ドイツ艦隊の運命―ロシアへの連合軍輸送船―トルーマン大統領の電報と私の回答―モスクワにおけるチャーチル夫人―スターリンの書簡―私の勝利の警告

  • 第十四章 不穏な幕間

    p49

  • チトーの部隊トリエステにはいる―四月二十七日から四月三十日にいたるトルーマン大統領との通信―五月二日、独守備隊フレイバーグ将軍に降る―アレキサンダー元帥への私の調令―五月二日、大統領から強い歓迎電報―ヨーロッパにおける米軍に対し確固たる命令を力説―ワシントンちゅうちょ―トリエステの難問―アイゼンハウワーおよびアレキサンダーに対し大統領と私との共同訓令―六月二十一日のスターリンの電報と私の返電―東部地中海沿岸諸国における危機―二月二十七日、下院における演説―ベイルト、アレッポ、ダマスクスにおける戦闘―五月三十一日、英軍最高司令官命令を留保―アルプス沿海地方におけるフランスとの紛議―トルーマン氏の憤慨とド・ゴールの回答

  • 第十五章 亀裂あらわる

    p78

  • ソヴィエトの脅し―ワシントンにおける圧力と政策―スターリンとの会談の必要―五月十二日の私の「鉄のカーテン」電報―西方民主主義国の軍事力保持に乗り出す―五月二十六日、ジョセフ・E・デイヴィス氏の訪問をうく―「組む」ということ―五月二十七日の私の覚書と大統領の友情的な回答―スターリン、ベルリンにおける会議を提案―ハリー・ホプキンスのモスクワ訪問―ホプキンス、ポーランド問題の暗礁打開に努力―英米両国、七月五日に新ポーランド臨時政府を承認

  • 第十六章 連立の終り

    p102

  • 挙国政府の達成したもの―対立政党組織の力と弱点―一九四四年十月三十一日の私の下院演説―ドイツ打倒のあかつき選挙に訴える必要―六月か十月かの選択―日本降服まで総選挙を延期せんとの私の希望―イーデン氏との通信―連立は対日戦勝確保まで継続すべきことを提議―アトリー氏の拒否―五月二十三日、国王に辞表提出―「管理政府」―七月二十六日に投票日決定の布告

  • 第十七章 運命的な決定

    p122

  • スターリン、七月中旬にベルリンで三頭会談に同意―より早期の会議のための私の努力―アトリー氏にポツダムへの同行を要請―彼の承諾―米軍の占領地区への引揚げ迫る―ヨーロッパにおける先決問題―今日の情勢―トルーマン大統領への六月四日、九日の私の電報―彼の決定的な回答―スターリンに対する六月十二日トルーマン大統領の提案―大統領への私の回答―西欧連合国軍隊の引揚げ―総選挙の重荷―ソ連軍その割当地区を占領―サンフランシスコ会議終る―世界機構の構成に関する私の見解―ハリファックス卿との通信―ヘンデイにおける休日

  • 第十八章 日本の敗北

    p145

  • 東南アジアにおける計画と難関―第十四軍イラワジ渡河―スリム将軍、メイクティラ戦に勝つ―蒋介石、中国師団を召還―米軍輸送部隊の引揚げに関するマーシャル将軍宛の私の書簡―彼の不穏な回答―三月二十日、マンダレーの陥落―ラングーンへ競う―五月二日、陸海の攻撃―長い戦闘の終り―五月九日、マウントバッテン提督への私の電報―太平洋におけるクライマックス―英艦隊、オーストラリアに到着―米軍硫黄島攻撃―ラムスデン将軍の戦死―六月二十二日沖縄陥落―大統領への祝辞―東インドの解放―対日最終攻略支援に対する英国の熱意―寛大な猶予

  • 第十九章 ポツダム―原子爆弾

    p168

  • トルーマン大統領とはじめて会見―私のベルリンへの旅―大統領との午餐―関税と基地―スターリンとの晩餐―彼の英選挙結果の予想―ロシアの海洋への近接―バルカンの紛争とソヴィエトの政策―ヨーロッパの将来―ニュー・メキシコ砂漠よりの伝達―ソ連の援助なく対日戦の速かに終結せしめる見込み―新兵器使用を決定―対日攻撃続く―七月二十六日、最後通牒を発す―一九四五年八月六日および九日、広島と長崎とに原爆投下―八月十四日、日本降服―海軍力、対日戦を決す

  • 第二十章 ポツダム―ポーランドの国境

    p195

  • ポーランド、ドイツ、ソ連―カーゾン・ラインに対するポーランドの補償―住民の移送―七月十七日、ポツダム会談第一回総会―七月十八日、第二回会議―新聞との紛争―平和条約起草計画―「ドイツとは何を意味するか?」―亡命ポーランド政府についての私の訴え―ポーランド西部国境の討議―ドイツの食糧と東部諸州―解決の緊急性を強調―七月二十四日、ポーランド臨時政府と会う―自由選挙についての私の訴え―七月二十五日、ピエルトとの会談

  • 第二十一章 ペンをおく

    p230

  • 頓挫―社会契約―七月二十三日最後の宴会―七月二十四日、スターリン原爆を知らさる―彼の反応―七月二十五日、会談に最後の出席―ポーランドに関してさらに論議―ポツダムにおける私の政策―ロンドンへ飛ぶ―総選挙の結果―一九四五年七月二十六日、英国民への訣別のメッセージ

  • 付録

    p243